真夜中のドロップアウトカウボーイズ@新館

ピンク映画は見るか観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為

不滅の内田裕也は不変にカッコいい

 他所様のネタ系リンク掲示板から拾つて来たネタで恐縮ではあるが、もう十五年も前のことになるのか。内田裕也東京都知事政見放送完全版である。兎にも角にも、すべからくまづは見るべし。必見、とは正にこのことである。
 カッコいい。ストレートに心が震へる。“アイ・ハブ・マイ・ジャスティス!”戦ふ裕也は、戦ひ続ける裕也は永久不滅にカッコいい。断つておく。“戦つてゐた裕也”ではない。戦ひ続ける裕也は宇宙の果てまでカッコいい。こんなにも(どんなにだ)か弱く、くたびれたりへこたれてばかりの俺ではあつても、裕也を見てゐると戦ふ勇気が沸いて来る。
 内田裕也といふ存在は私にとつて、「タクシードライバー」(1976/監督:マーティン・スコセッシ/脚本:ポール・シュレイダー)のトラヴィス・ビックルロバート・デ・ニーロ)と同じくらゐのヒーローである。どのくらゐの存在なのだかよく判らないのだか結構伝はるのだか、一抹の疑念に関しては爽やかに通り過ぎる。だが然し、その後金持ちになつてしまつたデ・ニーロは、高級パン女やドラッグにうつつを抜かす単なるいけ好かないセレブに成り下がつてしまつた。現象論レベルではそれは確かに“成り上がつた”のだが、現象論などと勿論、ロックでは断じてない。
 それに引き換へ裕也は近年、矢沢永吉布袋寅泰のことを“あいつらはロック貴族だ”、と痛烈に批判した。裕也は言ふ、“俺は今でも地下鉄で移動してゐる”。裕也は、十五年前苛烈に戦つてゐた内田裕也は、今でも戦つてゐる。戦ひ続ける裕也は、永久不滅にカッコいい。遠く時の輪の接するところまでカッコいい。

 かつて田恆存は思想と思想家とについて、様々な信念の網の目を潜り抜け、人はその人自身の真実に辿り着く、といふニーチェの発言を牽いた上でかう述べた。“たとへ嘘だと間違ひだと判つてゐたとしても、それを口にしてゐる当人が本気で信じてゐないやうな思想に、どうして他人が付いて来て呉れようか”(大意)。
 ジョン・レノンは、「イマジン」で国境や戦争の無い世界を歌つた。それは、他愛の無いにも程がある寝惚けた幻想である。今時田舎の中学生でも、そんなチャラけた戯言を口にしたりはしない。だが然し、寝惚けた幻想でもチャラけた戯言でも、ジョン・レノンは本気で信じてゐた。ジョン・レノンは、ロックで世界を変へられることを本気で信じてゐた。国境の無い世界も戦争の無い世界も、ロックで到来させることが実現出来ると、ジョン・レノンは真顔で信じてゐたのだ。どうかしてゐようとどんなに愚かしからうとも、本気で信じてゐたものは本気で信じてゐたのだ。だから、たとへ寝惚けた幻想でもチャラけた戯言であつても、「イマジン」は時代を超えた。ジョン・レノンは本気で信じてゐたから、未だ世界は変つてはゐないけれども、「イマジン」といふ曲は国境を超えたのだ。
 言ふまでもなく、裕也も本気で信じてゐる。ロックで世界を変へられると、絶対に信じてゐる。だから裕也の姿は、こんなにも俺達の胸を熱く打つのである。
 この政見放送の収録に当たつては、ひとつのエピソードがある。収録直前、裕也は担当者から注意を受ける。“ハチマキは(規則で)禁止されてゐます”、すると裕也は“ハチマキぢやねえ、バンダナだ!”。

 「水のないプール」(昭和57/監督:若松孝二/脚本:内田栄一/主演:裕也/チョイ役:ジュリー、他)。この映画の中で裕也は、何時でも何処でもジンジャーエールを注文する男を演じてゐる。私が最も好きなシーンは、映画館に映画を観に行つた裕也は、売店にて
 裕也:「ジンジャーエール!」
 売店のオバハン:(画面奥の自販機を指差しながら)「ジュースは自販機です」
 裕也:「ジンジャーエールはジュースぢやねえだろ、タコ !!!!!!!!
 ロックとは、戦ふとはどういふことなのか、私はこのシーンから教はつたやうな気がした。